耳マーク発案者 | 高木四良氏(名古屋市中途失聴・難聴者福祉連合会) |
マークデザイナー | 星野 善晃氏(名古屋市) |
昭和50年10月 | 「耳のシンボルマーク」を制定 |
昭和51年05月 | 日身連札幌大会で全国統一を提案決定 |
昭和52年10月 | 岡山県で「標示物」として公認 京都・高知県等徐々に広がる |
昭和53年07月 | 愛知県民生部も「標示物」として制定 |
昭和53年09月 | 大阪ろう協、聴言協も同様にマークの採用を決定 |
昭和53年09月 | 京都ろう協は市難聴協と話し合いの上、同様に 耳マークを採用決定 |
昭和53年11月 | 第1回全難聴研究大会が名古屋市で開催され、全国統一を 提案し街頭パレードをし、NHKで放映された |
昭和54年耳の日 | 岡山難協、ろう協と共に街頭パレードを実施、市民に訴える |
昭和54年05月 | 日身連京都総会で、耳のシンボルマーク全国統一議案が 可決され、厚生省、その他へ陳情 |
昭和55年07月 | 「日本聴力障害者新聞」に世界共通マークとして、世界 ろう連が決めたマークを発表、傘下団体に行政の公認を 求めるよう指示がでる |
昭和57年10月 | NTT東海支社に依頼し、公衆電話シルバーホン 「めいりょう」に耳のシンボルマークを貼付していただく (東海三県) |
昭和60年10月 | 色・形等において差異あり、全国統一基準を設定する |
昭和62年08月 | 基準マーク全種類を、カラー印刷し、全難聴加盟協会に 運動資料として配布する |
昭和63年05月 | 全難聴重点目標として、耳のシンボルマーク普及の完全実施を 承認 |
平成15年04月 | 耳のシンボルマーク考案者の高木四良氏ご遺族である著作権 継承者の高木夫人から、書面をもって正式に譲渡を完了した |
平成15年07月 | 文化庁に「耳マーク」譲渡登録完了 『耳マーク登録番号19363号の1』 |
平成15年12月 | 全難聴理事会で耳マーク利用・管理規定が承認され この規定に基づき、当連合会が「耳マークの利用と管理」を 進めていくことになる |
平成18年04月 | 『耳のシンボルマーク』を『耳マーク』と表記統一する |
参 考 | |
昭和32年 | 1957年⇒耳の日設定 |
昭和50年 | 1975年⇒耳のシンボルマーク 名古屋市制定(全国で最初) |
昭和53年 | 1978年⇒第一回耳のシンボルマークの普及 パレード |
《全難聴耳マーク部普及運動資料より》 |